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表現の海に、
小さな帆を立てる。

A quiet sail in a loud ocean.
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Overspill— あふれ

空港狂想曲

質問:空港はお好きですか?

はい、私は好きとも嫌いとも言えない。

好きとも嫌いとも言えないのであれば、空港はお好きですかと聞かれて、はい、と答えるのはどうなのだろうか。好きが少しでも含まれていれば、はい、だ。私は速くゲートを、保安検査場のゲートを潜り抜けたくなる。几帳面な性格では私はないが、不安症な所はあって、早く着いていた方が気が楽だ。待ち合わせで遅刻をすることはある。空港とか商談先とかなるべく早く着いていると安心する。商談先、と書いた自分に少し気持ち悪さを感じている。

私はビジネスばった物言いがあまり好きではない、棚卸とか、壁打ちとかそういう言葉を使う人は心の底から信頼できない、と思う。その人がいい人かそうでないか関係なく、その人の生き方に信頼をおけない部分を感じて醒めてしまうというか―。

空港でスーツを着た男性に囲まれると、いや、女性であっても、スーツを着て飛行機に、あるいは新幹線でも構わないが、乗っている人に、人たちに出くわすと、こっちに来るな、という気になる。私もスーツを着て飛行機に新幹線に乗るときはあるが、移動中からスーツを着て来る必要がなければ、そうはしないし、仕事が終われば、ネクタイをしていれば即外し、上着を脱ぎ、ラフな格好に着替えたりする。いつもそうという訳ではない。

空港にはスーツ姿の男性が多かった、スーツ姿の男性ばかりが目に入った。私はいま福岡にいて、4日前の羽田からのフライトで来たから、4日前の夕方の第一ターミナルで私はスーツ姿の男性ばかりが目についた。私もパソコンを開いて保安検査場を抜けた搭乗ゲートの近くで仕事をしていた。

つまり私は一方の足では、嫌悪の方に立ちもう一方の足ではビジネスマンと同族で、これは同族嫌悪なのだろうか、いや同族嫌悪とは言い切りたくなくて、仕事をしていない時にはきちんと仕事のモードが抜けているようなスーツを崩して着ているようなサラリーマンに囲まれていたら私はきっと嫌な気分はしなくて、むしろ清々しい気持ちになるかもしれない、そんな、牙の折れていない、牙の生えたまま野生で生きているチーターみたいな人々で4日前の空港が溢れていたら、私の気持ちはスカッとしただろう。

4日前の飛行機は搭乗が15分遅れた。私はプライベートの移動だったからスーツではなく、青いシャツに裾がきゅっと締まったベージュのパンツを穿き、黒のニューバランスのスニーカーを履いていた。仮にその日、スーツで移動しなければいけなかったとしても、シャツをスラックスにインしないラフな格好だったと思う。その日はプライベートの服装で片方の足をスーツ姿のサラリーマンを嫌悪するモードに突っ込んでいたから、搭乗ゲート付近の人だかりではなく、見つけた近くの壁沿いの空いたスペースに斜に構えたダルそうな雰囲気でスーツ姿のビジネスパーソンを眺め突っ立っている自分に酔っていた。いや酔ってはいないけれど、こうやって、遠くから眺めているこれが自分だよなあ、なんて思ったりしていた。

ある意味その壁際の空間は、私に与えられた反逆者のアジトであり、アウトサイダーの聖域であった。搭乗ゲートにほど近く、何故か人も少ない。これはいい。これが私のアナザースカイ。誰も私に近づいてはならぬ。誰も私に話しかけてはならぬ。ここは私のアナザースカイであり、ひょっこりひょうたん島でもある。

そのひょっこりひょうたん島に近づいてくるものがある。さっきまで目障りだとは思っていたが、識別カメラのついたAI機能搭載付き自動電動カートのようなものが目の前を行ったり来たりしている。それはとても便利な電動カートだった。私もいつかお世話になるかもしれない。足を挫いた時などに、あるいは将来老いぼれたらこのような電動カートに乗るのだろう。私はこのカートにいま飛び乗ってもいいのだろうか、というのも監視員はおらず、椅子にのって手元のタッチパネルを操作すれば好きな場所に連れて行ってくれるらしい。そんな構造であることが2メートルほど遠くからわかった。この電動カートに乗って私はどこへ行こうか、ターミナルの端から端まで移動してみようか。搭乗時刻が迫っているのと、少し恥ずかしい気持ち、つまり必要としていないのにカートに乗ったら、必要としてない自分だという自覚があるせいで電動カートに乗ったら私は恥ずかしさを覚えるだろう。私が私を電動カートを必要とする状態だと認識していれば恥ずかしさを感じないのだろうな、などと考えながらこんだ私の視線はずっと電動カートに注がれている。その電動カートが私に迫って来る、さっきまでもじもじ行ったり来たりしていたのが、AI画像認識機能搭載カメラで空間認知し私に迫って来る、ほら見ろ確かにカメラがここについている。ほらみて、ここにカメラがついてる!と心の中で誰かに話しかけても私は一人、無人島。なんびとも来てはならぬ、ノートルダム。ここは聖域だ。電動カートが私に迫って来る。私は意地でもその場所から移動したくない、なぜ電動カートに負けなければならないのか。

電動カートは明らかに戸惑っている小刻みに行ったり来たりを繰り返している。何分経っただろうか、いやほんの数十秒だっただろうか、電動カートは逡巡の末、動きを止めた。私は勝利したのだ。なにに?AI Eraにおける人間の存在意義の旗をこのひょっこりひょうたん島、ノートルダム、反逆者のアジト、私のアナザースカイに打ち建てたのだ。おめでとう、人々が私を祝福する。CAさんたちが私を見つけて駆けてきて私を祝福する。あなたは今日から当エアラインの最上級会員、シュプリーム・プレミアム・ブラックダイヤモンド・ロイヤルカスタマーです。ありがとう!ありがとう!生きてきた甲斐が私にはあったよ。片足を嫌悪の沼に突っ込みながらもう片足をひょっこりひょうたん島に繋ぎとめて生き続けてきた甲斐が私の人生にはあったよ。

私を呼び起こす声がある、それは声ではない、機械の音声だ。ビープ音が何度か鳴って、電動カートはこう言った。

「場所を移動してください。こちらは電動カート専用エリアです」

何を生意気な。でもこれは妄想ではなく本当に電動カートはそう言った。自分の立っていた壁を見ると、電動カート専用エリア、とある。私が間違っていた訳だ。

私が間違っていた?

ビープ音がまた何度か鳴った。

「場所を移動してください。こちらは電動カート専用エリアです」

私は移動しまい。移動するのは君だよカートくん。

ビービービー。

「場所を移動してください。こちらは電動カート専用エリアです」

それなりに大きな音だ。

ビービービー。

「場所を移動してください。こちらは電動カート専用エリアです」

通り過ぎる何人かが私を見た。私は観念してその場をどくことにした。そこに立ち続けることにどんな意味があるだろうか、それなりの意味はある気がする。意固地になってもしかたない。

電動カートは私の膝ぎりぎりまで迫って来ていたから、私は間違ったふりをしてその電動カートを蹴って、搭乗ゲートの方に向かった。搭乗ゲートは空いて、私は通路側の席を指定していたのでグループ4で搭乗した。

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麻辣湯を啜る小野田美紀

生まれて初めて麻辣湯なるものを食べた。離婚に目途が立ち、福岡での育児ミッションも終えた軽やかな気持ちが私を、オレンジ色の楊国福麻辣湯というチェーン店に向かわせた。離婚の前祝いの食事とは遠いところに麻辣湯はあった。私はフライトの帰りそのままの足で、小石川のマンションに向かう途中にある、店の存在を知ってはいたけれど自分がいつか訪れることになるとは微塵も思っていなかった麻辣湯に私を向かわせたのは、軽やかな気持ちとフライトの疲れと、それから離婚の目途は付いたが正式には離婚が完了したわけではない混濁した世界がスパイスや具材の混じった麻辣湯に私を向かわせた、とも書けるけれど、実際、私は少し心が軽くなっていて、新しい世界に漕ぎ出すような気持ちがあった。新しいことの一つが、今日からの人生を飾る新しいことの一つが、海外旅行でも、資格取得でも記念の腕時計を買うでもなく、麻辣湯というのはちょうどいいような気もしていた。

私は麻辣湯が嫌いだった、と書くと今は好きなのかという話だけれど、麻辣湯は味として私の好みだったことを先に書いておく。なぜ麻辣湯が嫌いかと言うと大衆が群がる雰囲気そのものが嫌だった。で、嫌なものだけれど、毛嫌いせずに踏み込んでみてどうなるかの検証―。飯に同じ金額を払うのであれば少し変化をつけてみよう。入店。

シルバーウィーク最後の店内はお昼の時間を過ぎていたのに混雑していた。どのくらい混雑していたかと言うと、店の中に、行列ができている、行列は食材を陳列したむき出しの冷蔵庫に沿っている。列の先にはレジがある。レジの横には秤がある。なるほど、食材をピックアップして並ぶ、それはわかった。問題は順番で、最後尾に並んでしまっていいのか、並ぶ前に店員となにかやりとりが必要なのか、例えば食材の量などを事前に決めるなど、と思っていたら混乱してきてしまって、むき出しの冷蔵庫、レジ横の秤、行列、しかも店内は狭く行列もテーブルのよこすれすれに連なっている、視線があちこちに飛んで情報を処理しようとしているあいだに、なんだか背中がもぞもぞするような違和感があり、すっと引いて全体を見渡してみると、店内にオトコは私だけだった。それは予期できなかったことではない。麻辣湯を一人で食べにくるオトコは少数派だろう、という心構えも事前にあった。完全なアウェーにぽつんと初心者が紛れ込んで、なにがなんだかわからなくなって、レジの店員の手が空いた一瞬の隙に狭い店内を縫って声を掛ける。どこに立っているべきかも私にはわからない。

店員は眼鏡の女性で日本語が話せない、奥から店長らしきレジの女性と同じ中華系の骸骨マンそっくりのおば様がのそのそ出てきて、ボウルを取って列に並べばいい、たどたどしい日本語で教えてくれた。私は言われるがままに、まあるい透明なプラスチックのボールとトングを手に取り列に並んだ。背負っていたリュックがテーブル席に当たりそうになり、食事をしていた一組の若い女性に頭を下げた。なんだか申し訳ない、私の存在が申し訳ない、楊国福麻辣湯に存在している私の存在が大変申し訳ない存在になって楊国福麻辣湯という店の読み方もよくわからない。大変申し訳ない場所に私は置かれて、置かれた場所で咲きなさい。

列が進んでしまえば私もその空間に少しは馴染んできて、トングで食材を選ぶ段になってしまえば、この楊国福麻辣湯が一つの舞台だとすると私は演者のひとりに昇格だ。しいたけを一つまみ、エビ団子を一つまみ、そうだお野菜も摂らないと、空心菜も一つまみ、その他もろもろボウルに放り込む。鶏肉も同じトングでいいのかしらと逡巡を挟みながらボウルは完成しレジにそれを持っていくと先ほどの骸骨マンのおばさまが私の一つ前のお客さんと何やら話していて、6グラム足りない、と言っている。どういうことかと言うと、指定のグラム数に足りていないからボウルに何かを追加しろということで、なるほどそういうシステムか、目の前の女性は門前払いされたような感じだが彼女は列の一番後ろに再び並び直すなんて無能なことはもちろんせずに、レジの前からステップバックし横歩き、身体を冷蔵庫の方に傾けて適当な食材を見繕う、そして再び骸骨マンの審査があり合格のお墨付きをもらうと、スープの種類と辛さ、麺の種類を選んで支払いを済ませる。私はそこまでこの二つの目で観察していた。

私はグラム数が足りるのだろうか、合格できるのだろうか、恐る恐る骸骨マンに渡すと、先ほど言葉を交わしたから少しはフレンドリーなやりとりがあるかと期待したけれど、事務的な対応で骸骨マンは口を開いた「3グラム足りない」、私は3グラム足りなくても私の食べたい食材は食べたい分だけ選び取ったのだから、合格させてくれとお願いしようとした、しかしそんなことが許されないことは一つ前の女性が6グラムで門税払いされた光景を見ていたから、この厳格なルールには従わなければいけないのだと思って、重みのありそうなエビ団子を追加して、重量クリア、その後のスープ、麺の種類、辛さも無事に伝えて番号の書かれたレシートを受け取って席に着いたが、その席が4人掛けの小さなテーブル席の2人組の女性の隣で、私が私の存在を大変申し訳ないと思いながら頭を下げて席に着くと、それまでライブの話で盛り上がっていた二人の声のトーンが、一つ下がった。

「よんじゅうろく番お客様」と呼ぶのは眼鏡の日本語が得意ではない店員で、「の」が抜けている。その店員が番号札を読み上げる度に「の」、「の」、「の」と心の中で付け加えながら到着を待つ。麻辣湯が着く、美味しい。

麻辣湯を啜る、汗が出る。恥ずかしい。汗をかいてごめんなさい。楊国福麻辣湯が舞台であったならもう既に私はこの舞台の主要な登場人物のひとりではないか。スマホをみるのをやめる、背筋を伸ばす、余裕をもって周りを見渡す。隣の女性はコソコソと、ではないが、隣の異物の申し訳ない私の存在を意識しながら、だってこんなに近い距離で、オトコ一匹紛れ込んで意識しないわけがないのだ、マチアプで出会った男の悪口とか、男の悪口とか、男の悪口とか人目を憚らず言い合いたいはずなのに、やっぱりだめだ、私という申し訳ない存在が楊国福麻辣湯に紛れ込んでしまったが為にこの空間を汚染している―。

でもそれがなんだと言うのだ!

私はもう私自身をこの楊国福麻辣湯で申し訳ない存在だと思うのはやめにしよう、私は申し訳ない存在なんかじゃない、一人の人間だ、ああオトコだからか私が私をオトコであるから勝手に私を苦しめているだけだ。そうだ私は美紀だ。小野田美紀だ。なんでその名前かは知らん。とにかく私は小野田美紀だ、見た目は男だが、実は心は女で、バリキャリで虎ノ門の外資系企業に勤務する長身の美女だ。私はここで一番イケているオンナだ。私に来てもらって楊国福麻辣湯は喜んでいる、そこに居合わせている客も私の華やかさに圧倒されてこの空間は多幸感に満たされている!私は美紀だ、美紀は麻辣湯を啜る、美紀は汗をかく、美紀は麻辣湯を啜る、美紀は今日の自由を生きる!

生まれて初めて麻辣湯なるものを食べた。離婚に目途が立ち、福岡での育児ミッションも終えた軽やかな気持ちが私を、オレンジ色の楊国福麻辣湯というチ…

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9月のスニペット

愛のある料理

37歳になって気づいたことがある、37歳になって気づいた気づかされたことは沢山あるがその中の一つに、こういうものがある、料理にはうまい、まずいももちろんあるが、もっと大きなもので「愛のある料理」と「愛のない料理に」二分できる。

*

茶碗蒸しはお好き

と私がジム帰りにとんかつ和幸で一口ヒレかつ定食を食べていると、太った中年の男性と、お年を召したおばあ様のあいだの席に案内されて私は座っていて、ジム帰りだからタンパク質だと思って、ばくばく食べてごはんの大盛にし、みそ汁とキャベツをおかわりして食べ終わる寸前に、お年を召したおばあ様が「茶碗蒸しはお好きですか」と茶碗蒸しをくれた。お年を召した方以外でそういう声掛けをする人がレストランの初対面でいるのだろうか。食べ物を大切にする世代なのだなあと思った。

*

村上さん

福岡の事務所の近くに美味しい多国籍料理屋さんがあると知って、行ってみた。内装もお洒落でカウンターとテーブル席があって、カウンターの席に着いた、今晩も通りかかって満席だったから、前回つまり一昨日が最初の訪問だった時はラッキーだったのかカウンターの席にすんなりと座れた。お腹が空いていたから、ヤムウンセンとフォーとトマトのマリネを食べた。お通しはえごまのような葉っぱにキウイフルーツの欠片と香辛料が乗っていて、それを食べたら、それは「愛のある料理」だった。店員さんが注文のタイミングで「アレルギーはございますか」、と聞いてくれて、そこで既に愛が溢れていた。「アレルギーはございますか」と聞くことが店員に教育されている、それは店の方針で、「アレルギーはございますか」と聞かない飲食店も多い、その前の日にいったオイスターバーでは聞かれなかった。ホールの女性が2人いて、一人はオーナーぽく厨房にいるポイントタトゥーの男性が夫あるいはパートナーらしい雰囲気が二人が話している姿を見ていた訳ではないが伝わって来た。少し酔って入店した私に気を利かせてお水を絶やさずに持ってきてくれたのは地味な雰囲気の若い女性店員で、私はその店員といくつかの会話を交わした。私はその店員さんの名前を何故か訊きたくなって、というのは私の事務所の近くにこんなに接客の良い美味しい「愛のある料理」を出す店があったことに嬉しくなったので、きっとその店の話の合いそうな店員と知り合いになっておいたらいいのだろうなと思って、お名前は何ですか、と話のはずんでいるそのはずみに乗って尋ねたら、村上です、と彼女は言ったので、村上春樹と一緒だ、と私が言ったら、彼女は「?」で、「作家の」と私が言っても「わからない」と彼女は照れながら言った。

愛のある料理 37歳になって気づいたことがある、37歳になって気づいた気づかされたことは沢山あるがその中の一つに、こういうものがある、料理に…

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構造的に仕組まれたラクーアの不自由について

私はラクーア。

私はラクーアに行く。仕事帰りにラクーアスパで温泉とサウナをきめて家に帰る。19時に裸で温泉に飛び込んで、サウナをきめたら、20時30分には家に着く。ラクーアから家までは徒歩5分だ。

スパを終える。歯は磨いてある。髭も剃ってある。下着も着替えてある(メッシュバッグにいれて会社に持っていく)。飯を食ったら(多くの場合サウナの前に食べてある)寝るだけだ。家の風呂にはめったに入らない。シャンプーが減らない、水道光熱費の節約にもなる、シャンプーや水道光熱費の節約の代わりに出て行く金がある、ラクーアフィットネスジムの月会費だ。

月会費は2万4千700円だ。会員にはランクがある。ヒーリングバーデという岩盤浴エリアにアクセスするには月会費はもっと高くなる。

月々2万4千700円の出費。温泉+サウナ+ジムの3つでこの値段だ。ジムにはプールもついている。シャンプー代や風呂の光熱費の節約分相殺されると考えると、悪くはない出費だと思っている。

大濠公園は福岡市内にある水をたたえた大きな公園だ。私はその公園が好きで福岡に引っ越した、と言っても過言ではないくらい、その公園が好きだった。その公園のスターバックスで読書をしたり小説を書いた。

私は去年の12月に東京に引っ越した。

ここに失くなったものを失くなった空洞を埋める分だけ、どこかから借りてこなければいけない。いけない、というわけないが、空いたポケットに、鞄に、なにか失くしたものと同じくらい愛おしく私が思えるものを詰めたくなった。代わりになにかを詰めてその失くなったもののかわりに新しいなにかを愛おしく思いたい、その対象が欲しかった。大濠公園の代わりにラクーアだ、と思った。東京に大濠公園のような公園はきっとないだろうから。

私はラクーアを愛した。私はラクーアを私が福岡で大濠公園を愛するように、私は東京でラクーアを愛した。私が私は福岡に帰って来た、と大濠公園に足を踏み入れて感じたあの時のように、私が東京に帰って来たと感じられるのはラクーアの温泉に浸かっている時だった。

そのラクーアで異変があった。私は1月からラクーアを始めた、いまは9月だ。8か月通ったラクーアが今日はどうも様子がおかしい。風呂場にある背もたれのついた「ととのう用の椅子」がいつもより増えている。壁沿いに置いてあった椅子の前にもう一列、追加されている。金曜の夜だったから、混んでいるあいだ椅子を多く出しているのかもしれなかった。それまであったスペースに無理やり詰め込んだものだから、椅子同士の感覚は狭い。男たちはぎゅっとまとまってチルしている、二列の椅子に腰かけて、正面を向いてチルしている。ここは教室か。

温泉は自由だ。裸の自由だ。

裸の自由に、教室的な空間がつくられた。

私は気を取り直して温泉に浸かった、温泉はいつもより混んでいたから、増席は今日だけのことなのかもしれない。温泉を出て、私は水飲み場の蛇口で水を啜ってからスチームサウナに入った。ロウリュだ。柄杓でバケツから水を汲みサウナストーブで熱せられたカラカラの石に掛けるとアロマの入った水が蒸発していい香りがする。そのロウリュサウナには砂時計が備え付けられていて、その砂時計が落ち切ったらアロマ水を柄杓で垂らす。砂時計は使われる時もあったが、大体の場合、律儀にいちいちカウントする者もおらず、各々自由にロウリュしていた。

色々な人がいた。「ロウリュしていいですか?」とか「ロウリュしまーす」と許可を取ってロウリュする者。また、許可を得ない者もいる。いつまで経ってもロウリュしない者もいる。私はサウナは好きだがサウナの暗黙のルールは知らない。「ロウリュしていいですか?」とか「ロウリュしまーす」を耳にすると最初は気持ちが悪かった。そんなの自分で好きにしたらいいと思ったからだ。フィンランドの空港のラウンジにはサウナがあって本場を味わったが、フィンランド人のおじさんは手元にバケツと柄杓を置いて好きなタイミングでばしゃばしゃかけていた。私はそれを正とする。っていうか「ロウリュしていいですか」「お願いします」というやりとりは寿司屋のカウンターのやり取りみたいで、個人的にはサウナで遭遇したい光景ではない。

で、私はロウリュの掛け声については慣れた。まあ、そういうものだ。問題は今日、件の椅子を目撃し、気を取り直してロウリュサウナに入ろうとしたら、入り口に何やらラミネート加工の掲示が張ってある。そこには赤い字でこう書いてある。

「ロウリュをする際は、備え付けの砂時計が全て落ち切ってから、一回につき柄杓2杯まででお願いします」

そうきたか!

一言一句覚えているわけではない。次回、確認してみよう。とにかく、ロウリュのタイミングだけでなく、アロマ水をかける回数までルール化されている。

もちろん背景はあるのだろう、傍若無人にアロマ水を使いサウナを灼熱にする大体な男がいて他の客からクレームが来たのかもしれない、あるいはホルムズ海峡の閉鎖によってアロマ水が高騰して、節約の為なのかもしれない。あの同じ方向を向いた二列の椅子だって、混雑時にととのう場所を十分に確保するための配慮なのかもしれない。

しかし、それらの無自覚な構造的変化が、例えそれが善意から来るものであっても、構造的にラクーアを不自由に向けて誘導している。私は微妙なラクーアの構造的な変化が私たちから自由を奪うものだ、と気づいている。その構造的変化をもたらした主体者は構造変化が自由を奪うことがわからない。あるいは何も考えずにやっている。私はそういった無自覚な阿保が立ち上げた構造によって、不自由の方向にうねっていくことがたまらなく嫌だ。戦争も民族迫害も同じ根っこに繋がっている。群衆は「王様は裸だ」、と思っていても裸だと言えない、言えないし言わないと思っているうちに群衆は王様裸であることを進んで受け入れて構造的に不自由に向けて仕組まれたうねりに飲まれるのではなく、うねりそのものになってしまう。

私は今日、会社で起きた阿呆な上司の言動についてラクーアの湯の中で、サウナでずっと考えてもいた。その上司の言動が微弱な通奏低音として午後のあいだ私の中でずっと響いていて、そこにラクーアの件があった。ラクーアに椅子を増やし、それらを一方向に教室的に配置し、ロウリュの注意書きを掲示した人間の像が私の中でその上司と重なって湯気になって漂っていた。

私はラクーア。 私はラクーアに行く。仕事帰りにラクーアスパで温泉とサウナをきめて家に帰る。19時に裸で温泉に飛び込んで、サウナをきめたら、2…

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Someone Should Tell You

から始まる歌がある。そんな歌詞から始まる歌はきっと世界に沢山ある。あるけれど、私が思い浮かべるのはLemarのSomeone Should Tell Youという曲で、私が16歳から17歳にかけて英国留学していた際に買ったCDでホームステイ先で毎日のように聴いていた。毎日聴いていたわけではない。ipodに曲をダウンロードしてイギリスに持っていった。実家の近所のTsutayaは車で15分のところにあった。当時はつまり2006年はSpotifyなんてなく、ipodが最先端だった。イギリスに行く前に日本の曲を、いや日本の曲だけではなくてジャズとかロックとか有名どころを借り漁って、いまでは信じられないがノートPCにはCDを挿入する引き出しがついていてそこにCDを読み込ませるとitunesが立ち上がり、itunesをipodに繋いで同期するとipodで聴けるようになる。

それで私はipodをイギリスに持っていったが、イギリスにはノートパソコンを持っていかなかった。ホームステイ先はシャーマンという名字の高齢の夫婦でインターネットを引いていなかったから、一年の留学の最中、曲をipodに追加することはできない。できたのかもしれない、やれる方法はあったのだろうけれど、ネットカフェに行ったりしないとインターネットに接続できない環境だったし、なにしろいまよりもネットが身近ではなかった、手間だったのもおそらくあって、日本を発つ2006年4月時点にイギリスに持っていったipodの中の音楽が、私が留学中に外で持ち運んで聞ける音楽のすべてだった。

イギリスでH&Mという犬の、蓄音機に耳を傾けているロゴのCDショップはまだ全盛期で、私の留学した街のメインストリートにもH&Mがっあった。留学に慣れてくるとそこでCDを買った。CDを買って老夫婦の与えてくれた私の部屋に何故かCDコンポがあってそこでCDを聴いたが、なにしろipodにはインポートできなかったので、CDでイギリスの曲を聴いて、ipodには日本の2006年4月時点で入れてきた曲が「固まったまま」入っていた。

私がLemarというイギリス人の黒人R&B歌手、と書くと修飾語ばかりだが、を聴いたのは私が童貞を捨てた時期とほぼ一致していて、年上の日本人女性が相手だった。バレエ留学で来ていた長身の美女だった。それで、私はLemarのCDを彼女にプレゼントしたというのがLemarの思い出なのだが、なにしろLemarは彼女との邂逅以前に気に入っていたので、よく聴いた。留学終わりかけの、17の時だ。

それで話はどこに行くかというと、郷愁とか恋愛のことではない。

私は通勤時にクラシックやミュージカルのサントラを聴くことが最近多かったのだけれど、今朝はUK(イギリス)時代の思い出の曲を巡っていた。そこにはAmy Winehouseがあり、The Kooksがあり、Kings of Leonがあった。そしてその中にもちろん、一つの大切なピースとしてLemarの曲があった。長身の彼女との思い出と共に。それでこの話は音楽の話でもない。

Lemarのアルバムの中のSomeone Should Tell Youを聴いたのは今朝、神谷町の改札を抜けてからオフィスに向かうまでのあいだなのだが、地下鉄の通路を今から出勤する人々がスーツをきて流れていて私もその流れに乗った。

Someone should tell youのあとはhow much I love you, because I really do.なのだが、これを日本語で訳すと「私がどれだけ彼女を愛しているか誰か彼女に伝えておくれ、だって本当に愛しているんだ」と私の下手な直訳だが、ここで訳のうまい下手をみせたいわけではなく、私は神谷町の地下鉄の通路で30歳とか40歳とか50歳とかのオフィスワーカーの群れの中で37歳で、そんな風に思えるのはすごい状態だよな、と感心してしまった、というのは私にそのような「Lemar的」な状態が人生で一度も訪れたことがない、というわけではなく、むしろその逆でそのような状態が訪れたから結婚したり離婚したりしてきたわけで、ただただ、「私がどれだけ彼女を愛しているか誰か彼女に伝えておくれ、だって本当に愛しているんだ」、という気持ちが今後私の中に起こりうるか。で、私には子どもがいるので子どもに対してはそういう気持ちになれるかもしれない、とは思ったのだけれど、異性に対して同じように思えるかどうか、私がこれからの人生でまたそんな風に思いたいかとか、思う可能性がどのくらいあるかと一瞬頭を過ったが、メインは恋の話はではない。ただ、あの17歳の時にこの曲を長身の彼女のことに恋焦がれながら聴いたのとまったく同じ気持ちでこの曲をもう一度聴くことはできないのだろうと感じながら、私は地下道を会社に向かって歩いた。

から始まる歌がある。そんな歌詞から始まる歌はきっと世界に沢山ある。あるけれど、私が思い浮かべるのはLemarのSomeone Should …

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甘い生活

ゴジラをあなたがもし見かけて、たまたまあなたがだけが目撃し、なぜかというとそれはわからないが、とにかくあなただけが目撃し、というのはゴジラの頭の部分だけ少し海上からはみ出していて、海沿いの他の人は気がつかなかった、天気も悪かったし。だからゴジラをその頭頂部のみを見てゴジラだと判断したのもすごいが、恐らく水中の身体の部分も透けて見えていて、咆哮までは聞こえなくても、地鳴りとか、空気の揺れる感じとか波の荒立つ感じとか、とにかくあなたは「あ、これはゴジラだ」と思った。超巨大な未確認生物で厳密にはゴジラではないかもしれないが、そうとしか形容しようがない。ボキャブラリーにはない。周りを見渡してもやはり天気が悪いから誰も外に出ていない、こんな時に限って、だからあなたは何故かそんな危機的かもしれない状況にもかかわらず舌打ちをして、とはいってもゴジラからはだいぶ距離の離れている。

そこでだ、あなたは慌てて海上保安庁に電話したり、ネットニュースを検索したり、タクシーで家に帰ったりするのかもしれないが、ゴジラは微動だにしないので、まいっか、となって、電車で家に帰ることにする。で、家には同居人がいる、家族でも恋人でも友人でもなんでもとにかく友人がいて、あなたは第一声、ただいまも言わず、手も洗わずにその同居人のいるリビングのソファの上に寝そべっている同居人に向かって、

「ねえ、ゴジラがいた!」

と言う。絶対に言う。私は絶対という言葉を普段あまり使わないのだけれど、ここで「今日は一緒に餃子をつくって食べましょう」とはならない。だってあなたはゴジラ(らしき超巨大未確認生物)を目撃したんだから。

「ねえ、ゴジラがいた!」

この「ねえ、ゴジラがいた!」と誰かに伝えたくなる衝動がなぜ起きるのだろうかしら、と私はこの夏はそればかりを考えて毎日を過ごしていた。というと大げさだが、ことあるごとに、私がゴジラ的なものに遭遇して誰かにそれを共有したくなった時に、なんで人は誰かに共有したくてたまらなくなるんだろうと考えた。つまり「さっき、雷が鳴っていたよ!」、「太ったおじさんが半裸で縄跳びをしながら、まいばすけっとで会計待ちをしていたよ!」、「今日の昼に会社のトイレに大きな糞尿が詰まっていて、私の背丈くらいあった!」、とかとか、なんで相手と共有したくなる、というか自分の中だけで完結することができないんだろう、と考えていた。SNSにアップしたり、Xで呟いたりして、直接相手に面と向かって伝えるでなくても、自分の中には留めておけない。自分の中にだけ留めておけないのはなぜかと言うと、溢れるからなんだろうなあ、と私は考えた。だから共有したい、とか誰かに伝えたい、ではなくて、勝手に溢れてくるものなんだろうなあ、と私は考えた。ゴジラを目撃して「ねえ、ゴジラがいた!」と誰にも言わずに胸にしまっておける人が存在しないのは、溢れ出てくるように人間が設計されているそのメカニズムによるものなのか。

で、私が何をここで書きたいかというと、私の中から溢れてきた。「甘い生活」というフェデリコ・フェリーニの映画だ。フェリーニの映画を「道」を去年の10月頃、確か観た。それから「8 1/2」を観て、サントラを聞いてニーノ・ロータの楽曲をSpotifyでよく聴いていた。それで私はよく覚えているのは出張でチェコのプラハに行く機会が今年の頭にあって(それは色々な意味で感慨深い出張だった。いつか書く)12時間くらい、乗り継ぎも含めるともっとかかったその長距離フライトで私は2回目の「8 1/2」と初めての「青春群像」を観た。「青春群像」も自分に嵌る感じがあって、というか自分が嵌ったのか、嵌るということばではなく、自分が拡張されていく感じもあった。で昨晩、フェリーニの「甘い生活」を観たのは、私が学生時代過ごしたHullというイギリスの田舎町のサッカークラブがプレミアリーグに今年の5月に昇進して、数か月前にワールドカップシーズンだったから、そのHull Cityの試合もワールドカップのついでに観れると思ってDAZNの年間プランに3万円以上払って加入したら、ワールドカップの放映はしたが、プレミアリーグはUnextの独占配信らしく、私はその地元のHull Cityの試合を応援する為に、こんどはUnextに加入したが、DAZNのくだりもありサブスクの費用を少しでも回収したく、Unextでなにか映画を観ようと思ったのが昨晩で、その際にフェリーニの「甘い生活」を観たら、すっかり最後まで観てしまって、観終わってとんでもない映画を観たと思った、だからその事をここに書こうと思って、文京区小石川のカフェベローチェで350円のホットコーヒーを啜りながら書いているのだが、たまたま隣の二人掛けのテーブル席にふくよかなおば様が座り、暫くするとスーツ姿のダンディな男性と打ち合わせを始めた、その男性に見覚えがあって、見たら元サッカー日本代表監督の西野朗さんだった。

ゴジラをあなたがもし見かけて、たまたまあなたがだけが目撃し、なぜかというとそれはわからないが、とにかくあなただけが目撃し、というのはゴジラの…

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About
流通の枠を超えた、
一冊のために。

私たちは、表現の大海から掬い上げた作品に光を当て、手わたしするための小さな出版社です。メジャーからは少し外れるけれど、必要な人のところへ確かに届く。既存の仕組みを通らなかった本を、人の手で選んで、人の手へ。大きな声にはかき消されるけれど、誰かには、たぶんずっと残る本を。その一冊のための帆を立てています。

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