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空港狂想曲

質問:空港はお好きですか?

はい、私は好きとも嫌いとも言えない。

好きとも嫌いとも言えないのであれば、空港はお好きですかと聞かれて、はい、と答えるのはどうなのだろうか。好きが少しでも含まれていれば、はい、だ。私は速くゲートを、保安検査場のゲートを潜り抜けたくなる。几帳面な性格では私はないが、不安症な所はあって、早く着いていた方が気が楽だ。待ち合わせで遅刻をすることはある。空港とか商談先とかなるべく早く着いていると安心する。商談先、と書いた自分に少し気持ち悪さを感じている。

私はビジネスばった物言いがあまり好きではない、棚卸とか、壁打ちとかそういう言葉を使う人は心の底から信頼できない、と思う。その人がいい人かそうでないか関係なく、その人の生き方に信頼をおけない部分を感じて醒めてしまうというか―。

空港でスーツを着た男性に囲まれると、いや、女性であっても、スーツを着て飛行機に、あるいは新幹線でも構わないが、乗っている人に、人たちに出くわすと、こっちに来るな、という気になる。私もスーツを着て飛行機に新幹線に乗るときはあるが、移動中からスーツを着て来る必要がなければ、そうはしないし、仕事が終われば、ネクタイをしていれば即外し、上着を脱ぎ、ラフな格好に着替えたりする。いつもそうという訳ではない。

空港にはスーツ姿の男性が多かった、スーツ姿の男性ばかりが目に入った。私はいま福岡にいて、4日前の羽田からのフライトで来たから、4日前の夕方の第一ターミナルで私はスーツ姿の男性ばかりが目についた。私もパソコンを開いて保安検査場を抜けた搭乗ゲートの近くで仕事をしていた。

つまり私は一方の足では、嫌悪の方に立ちもう一方の足ではビジネスマンと同族で、これは同族嫌悪なのだろうか、いや同族嫌悪とは言い切りたくなくて、仕事をしていない時にはきちんと仕事のモードが抜けているようなスーツを崩して着ているようなサラリーマンに囲まれていたら私はきっと嫌な気分はしなくて、むしろ清々しい気持ちになるかもしれない、そんな、牙の折れていない、牙の生えたまま野生で生きているチーターみたいな人々で4日前の空港が溢れていたら、私の気持ちはスカッとしただろう。

4日前の飛行機は搭乗が15分遅れた。私はプライベートの移動だったからスーツではなく、青いシャツに裾がきゅっと締まったベージュのパンツを穿き、黒のニューバランスのスニーカーを履いていた。仮にその日、スーツで移動しなければいけなかったとしても、シャツをスラックスにインしないラフな格好だったと思う。その日はプライベートの服装で片方の足をスーツ姿のサラリーマンを嫌悪するモードに突っ込んでいたから、搭乗ゲート付近の人だかりではなく、見つけた近くの壁沿いの空いたスペースに斜に構えたダルそうな雰囲気でスーツ姿のビジネスパーソンを眺め突っ立っている自分に酔っていた。いや酔ってはいないけれど、こうやって、遠くから眺めているこれが自分だよなあ、なんて思ったりしていた。

ある意味その壁際の空間は、私に与えられた反逆者のアジトであり、アウトサイダーの聖域であった。搭乗ゲートにほど近く、何故か人も少ない。これはいい。これが私のアナザースカイ。誰も私に近づいてはならぬ。誰も私に話しかけてはならぬ。ここは私のアナザースカイであり、ひょっこりひょうたん島でもある。

そのひょっこりひょうたん島に近づいてくるものがある。さっきまで目障りだとは思っていたが、識別カメラのついたAI機能搭載付き自動電動カートのようなものが目の前を行ったり来たりしている。それはとても便利な電動カートだった。私もいつかお世話になるかもしれない。足を挫いた時などに、あるいは将来老いぼれたらこのような電動カートに乗るのだろう。私はこのカートにいま飛び乗ってもいいのだろうか、というのも監視員はおらず、椅子にのって手元のタッチパネルを操作すれば好きな場所に連れて行ってくれるらしい。そんな構造であることが2メートルほど遠くからわかった。この電動カートに乗って私はどこへ行こうか、ターミナルの端から端まで移動してみようか。搭乗時刻が迫っているのと、少し恥ずかしい気持ち、つまり必要としていないのにカートに乗ったら、必要としてない自分だという自覚があるせいで電動カートに乗ったら私は恥ずかしさを覚えるだろう。私が私を電動カートを必要とする状態だと認識していれば恥ずかしさを感じないのだろうな、などと考えながらこんだ私の視線はずっと電動カートに注がれている。その電動カートが私に迫って来る、さっきまでもじもじ行ったり来たりしていたのが、AI画像認識機能搭載カメラで空間認知し私に迫って来る、ほら見ろ確かにカメラがここについている。ほらみて、ここにカメラがついてる!と心の中で誰かに話しかけても私は一人、無人島。なんびとも来てはならぬ、ノートルダム。ここは聖域だ。電動カートが私に迫って来る。私は意地でもその場所から移動したくない、なぜ電動カートに負けなければならないのか。

電動カートは明らかに戸惑っている小刻みに行ったり来たりを繰り返している。何分経っただろうか、いやほんの数十秒だっただろうか、電動カートは逡巡の末、動きを止めた。私は勝利したのだ。なにに?AI Eraにおける人間の存在意義の旗をこのひょっこりひょうたん島、ノートルダム、反逆者のアジト、私のアナザースカイに打ち建てたのだ。おめでとう、人々が私を祝福する。CAさんたちが私を見つけて駆けてきて私を祝福する。あなたは今日から当エアラインの最上級会員、シュプリーム・プレミアム・ブラックダイヤモンド・ロイヤルカスタマーです。ありがとう!ありがとう!生きてきた甲斐が私にはあったよ。片足を嫌悪の沼に突っ込みながらもう片足をひょっこりひょうたん島に繋ぎとめて生き続けてきた甲斐が私の人生にはあったよ。

私を呼び起こす声がある、それは声ではない、機械の音声だ。ビープ音が何度か鳴って、電動カートはこう言った。

「場所を移動してください。こちらは電動カート専用エリアです」

何を生意気な。でもこれは妄想ではなく本当に電動カートはそう言った。自分の立っていた壁を見ると、電動カート専用エリア、とある。私が間違っていた訳だ。

私が間違っていた?

ビープ音がまた何度か鳴った。

「場所を移動してください。こちらは電動カート専用エリアです」

私は移動しまい。移動するのは君だよカートくん。

ビービービー。

「場所を移動してください。こちらは電動カート専用エリアです」

それなりに大きな音だ。

ビービービー。

「場所を移動してください。こちらは電動カート専用エリアです」

通り過ぎる何人かが私を見た。私は観念してその場をどくことにした。そこに立ち続けることにどんな意味があるだろうか、それなりの意味はある気がする。意固地になってもしかたない。

電動カートは私の膝ぎりぎりまで迫って来ていたから、私は間違ったふりをしてその電動カートを蹴って、搭乗ゲートの方に向かった。搭乗ゲートは空いて、私は通路側の席を指定していたのでグループ4で搭乗した。